今回は、「午後の死」という小説をご紹介したいと思います。
「午後の死」
森 瑤子 (著)
出版社:角川書店 (1992/3/1)
ISBN-10:4041552281
ISBN-13:978-4041552285
本書の表紙裏には、以下の内容紹介が記載されています。
フィルムと左手の小指を代償に、ニューヨーク・ウォール街で暗躍する岩城徹、33歳。
日本の政財界のフィクサーのビジネスサイボーグだ。
彼が執着したのは、ドゥカティで走る、マン島のT・Tレースだけだった。
場所はマン島、T・Tコース。
武器はオートバイ。
森瑤子、初の本格ハードロマン。
この作品を読んで、一番強く思ったことは「とても女性作家が書いたとは思えない、ガッチガチのハードボイルド小説だな」ということです。
そもそも、経済小説やハードボイルド小説の作者は、ほとんど男性作家というイメージが自分の中にあります。
私が無知なだけかもしれませんが、日本人の作家だと、経済小説を書く女性作家は幸田真音さんくらいしか思い浮かばないですし、ハードボイルド小説を書いている女性作家は一人も思いつきません。
本作品で描かれている暴力シーンや性描写を含め、全ての描写が非常に男性的で、もし作者名を隠されて読んでいたら、女性が書いた小説とは絶対に思わなかったでしょう。
それほどに、女性作家特有の時々覗かせる柔らかみのある表現や描写を、この小説からは、ほとんど感じませんでした。
日本の男性作家によるハードボイルド小説も今まで何冊か読んできましたが、それらの作品以上に、この小説のハードボイルド感が強くて、強烈な印象が残りました。
因みに、作者の森瑤子さんは、大人の恋愛を描いた小説やエッセーを多く書かれているようで、そういった意味では、本作品は異色作であり、余計に意外性を感じました。
この小説は、目次を見ると、3部構成というか、3つのセクションに分かれています。
主人公の岩城徹の職業は、ニューヨークのウォール街で暗躍する企業の乗っ取り屋なのですが、最初のセクションで、その仕事に就くまでの経緯が書かれているのですが、のっけから、かなりエグい感じのストーリーが展開されます。
「本当に女性が書いた作品なのか?」と疑うほどに、男臭さしか感じません。
2つ目のセクションでは、主人公のウォール街でのビジネスの話が中心で、そこでのある出来事が、最後のセクションである、マン島でのバイクレースの話に繋がっていきます。
海外のバイクレースを題材にした小説なんて、日本人作家で書いている人は、本当に少ないのではないでしょうか。
私自身、バイクの免許は持っていませんし、バイクレースに興味があるわけでもありませんが、作者の「心理描写」、「風景描写」・「情景描写」、「心象風景の描写」のどれもが、丁寧で詳細に描かれていて、見たことのない光景にもかかわらず、想像に容易く、生々しいほどのリアリティーを感じました。
主人公である岩城徹のような生き方をしたいとは全く思いませんが、彼のどこまでも男臭い態度や生き方に、同じ男として、少しの憧れ、羨ましさ、嫉妬のようなものを感じ、それと同時に自分の軟弱さを意識せざるを得ませんでした。
そういう意味でも、心に刺さる作品でした。
男性であれば、この小説を読んだら、私と同様の感情を抱く人も少なくないのではないかと思います。
また、女性であれば、「同じ女性で、こんなハードな小説を書く人がいるの?」と驚きを感じるのではないでしょうか。
作者の森瑤子さんは、38歳でデビューし、1993年に52歳の若さで亡くなられていますが、その短い期間に、100冊以上の作品を残されているようです。
本作品を読み終えて、「こんな男臭いハードボイルドな作品を書いた森瑤子さんという作家は、一体どんな恋愛小説を書いているのだろうか?」と興味が湧き、今度は、彼女の恋愛小説を読んでみようという気持ちにさせられました。